建築探偵のアングル

アングル165

工事が中断している旧鎌倉図書館
工事が中断している旧鎌倉図書館

~旧鎌倉図書館~

 

  鎌倉市役所に隣接した御成町に解体工事が中断され、骨組みがあらわになっている「旧鎌倉図書館」が建っています。鎌倉の図書館は1911年(明治44年)に創設されましたが関東大震災で倒壊。その後、市内在住の実業家間島弟彦の遺言をついだ愛子夫人の多額の寄付により1936年(昭和11年)10月、木造2階建て一部3階建て桟瓦葺切妻、洋小屋組みの鎌倉町立図書館が再建されました。1階の児童閲覧室、2階の婦人閲覧室は室内の明るさや設えの意匠など隅々まで心のこもった建築だったそうです。現在の中央図書館建設後は市内中心部の歴史的建物として2015年(平成27年)に保存が決定され、学童保育施設として活用されることになっていました。2018年(平成30年)4月から解体工事が始まりましたが予想以上に腐朽があることがわかり作業が中断されています。

   アングル163の間島記念館も弟彦氏の遺志を継いで建築された図書館でした。横須賀市津久井の万代会館は将来ある若者たちに、また戦後の起業家たちに物心両面で応援した万代順四郎氏から市へ遺贈された建物です。現在閉鎖中ですが、耐震診断・設計・工事が順調に進み、納得できる活用に結びつくことが願われます。(2019.02.15

 

 

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アングル164

レストランとしてよみがえった古我邸
レストランとしてよみがえった古我邸

~鎌倉の古我邸~

 

 JR鎌倉駅から5分ほどの扇ヶ谷。門柱から緩やかなカーブを上がった先に堂々とした洋館が見えます。2015年(平成27年)にフレンチレストランとしてオープンした古我邸です。鎌倉文学館、旧華頂宮邸と並ぶ鎌倉3大洋館の邸宅で、1916年(大正5年)に建築された鎌倉の別荘文化を象徴する洋館です。三菱財閥の重役荘清次郎の別荘といて建てられましたが、濱口雄幸や近衛文麿などにも使われました。1937年(昭和12年)古我貞周が取得して以来「古我邸」として知られてきました。設計者は桜井小太郎で旧丸ビルや旧三菱銀行の設計者ですが、横須賀市内では旧横須賀鎮守府司令長官官舎(現海上自衛隊田戸台分庁舎)の設計者として親しまれています。ロンドン大学を卒業し、日本人初の英国公認建築士として帰国、海軍に入り横須賀鎮守府施設部長兼技師長であった桜井が1912年(明治45年)に設計、1913年(大正2年)に完成した和洋接合住宅です。海軍をやめた後、三菱地所の技師長となりました。

   古我邸は邸宅レストランとしてちょっとおしゃれにランチやディナー、結婚式にも利用され、予約のとりにくい人気レストランです。(2019.02.01

 

 

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アングル163

青山学院のシンボルでもある間島記念館
青山学院のシンボルでもある間島記念館

~青山学院間島記念館~

 

 『箱根駅伝準優勝』の幟が掲げられた青山学院キャンパス。選手の力走とつなぐタスキがハラハラの箱根駅伝は新年の風物詩でもあります。5連覇を逃した青山学院は青山通りに面し、向かい側には国連大学、正門を入るとイチョウ並木が学苑の落ち着いて静かな雰囲気を整えています。正面ロータリーの先に国登録文化財間島記念館があります。関東大震災で被害を受けた図書館の復興として1929年(昭和4年)に建てられた鉄筋コンクリート造3階地下1階、ギリシャ風コリント様式で2階にはコリント式円柱、ペディメントを掲げた神殿風の堂々とした建物です。昭和50年ごろまでは図書館、現在は学院の資料館となっています。設計は八木憲一を主任とした清水組、施工も同所で、建設資金は校友会会長・理事であった間島弟彦氏の寄付に寄りました。入り口を入ると正面に万代順四郎氏が寄贈した彫刻『愛の像』(横江嘉純作)が迎えてくれます。

  昨秋、学院を支えた4人という資料展があり、順四郎氏の肉声テープが聴けました。本多庸一、間島弟彦、米山梅吉、万代順四郎の4人で、学院の支援のみならず広く社会貢献に尽力した方々です。順四郎の万代会館の持つ重みを感じました。(2018.01.15

 

 

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アングル162

レンガ倉庫を生かした『炉ばた煉瓦』
レンガ倉庫を生かした『炉ばた煉瓦』

~釧路の炭火焼レストラン『炉ばた煉瓦』~

  

 北海道の特徴的建物の一つにレンガ倉庫があります。釧路港近くの『炉ばた煉瓦』も明治末建築の倉庫を炭火焼きレストランとして営業している人気店で、浪花町16番倉庫と共に釧路市都市景観賞奨励賞を受賞しています。元は、ヤマイチ商店の倉庫として建てられ、雑穀や塩の貯蔵に使っていたそうです。現在は阿部商店が屋根と避雷針取り付けなど一部を改造、増築し1999年(平成11年)に炉端焼き店として開店しました。今年9月6日の胆振地方地震の際は1メートルほど津波が寄せそのあとが外壁に残っていました。お店は2日間の停電後再開。

 釧路のレンガ倉庫群は1899年(明治32年)釧路港が開港、1901年(同34年)に釧路から白糠間に鉄道が開業し釧路川周辺にはレンガ倉庫群が建てられ、雑穀・肥料・食糧・塩などを選別後、船で本州などへ積み出していたそうです。それらの中で現在も利用されている1906年(明治39年)に建てられた釧路倉庫(株)(旧中川倉庫)が釧路で最も古い営業倉庫ではと言われています。

 釧路港へ引き込み線があった時代もあり、旧日本銀行釧路支店や新築復元した港文館(旧釧路新聞社)など歴史を語る建物やおいしいものが多くあります。(2019.01.01

 

 

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アングル161

地域の象徴旧庁舎
地域の象徴旧庁舎

~旧北海道農事試験場根室支場庁舎~

  

 中標津町桜が丘115に建つ旧庁舎は、1927年(昭和2年)に建てられた鉄筋コンクリート2階建て、中央に塔屋を上げ、張り出した玄関、左右対称の外観と縦長の上げ下げ窓が特徴の建物で試験場本場は札幌です。開拓農家の点在するこの地に出現した、当時は珍しかった鉄筋コンクリ―トの建物は、丘の洋館と呼ばれ親しまれたそうです。北海道第二期拓殖計画の一環で行われた根釧原野の開拓事業の象徴とされてきた根室支場ですが、2003年(平成15年)に新庁舎へ移転、一端は取り壊しが決定しましたが、町民有志の存続運動が実り、翌年に道から中標津町へ無償譲渡され、「NPO法人伝成館まちづくり協議会」が発足し保存・管理にあたっています。2009年(平成21年)8月7日国登録文化財に登録されました。当初の建物は中央部分、左右は増築部分です。現在は場長室や当時の教科書などの展示室のほか、貸し事務所、時間貸しの部屋のほか音楽スタジオにも活用して運営資金に充てています。増築部分にはカフエ「なみきみち」が営業中。協議会では地域の記憶を後世に伝え残すために「語り部談義」も開催しているそうです。横須賀の万代会館保存・活用に参考となることもあるようです。(2018.12.15